吉野家からの脱出方法

「ある種の人間には吉野家は監獄である。」

これはかの有名なポールが2006年冬のある日、吉野家に残していった言葉である。

3大会計方式

さて今回は、吉野家の「会計時」に目を向けたい。本来、会計時の会計の仕方とは以下の3種類である。

  1. レジ前にまで行って会計
  2. 「すいませんっ!」と店員を呼んで会計
  3. 食券を事前に購入

この3つの会計テクを駆使し、日本の外食産業が成り立っている。逆に言えば、この3つの会計テクにおんぶに抱っこってわけだ。しかし、甘かった。吉野家は違った。奴らは僕の予想の遥か左斜め上をいっていた。

吉野家の会計は「ごちそうさま」

吉野家を出るときに「ごちそうさまっ!」という言葉をよく耳にする。僕は「すいません!」と言って会計になだれこむ戦法が用いられているのだろうなと思っていた。いや、そもそも考えもしていなかった。だから僕のような「すいません!」信奉者にはこの「ごちそうさま」という会計方法はかなり驚きの環境なのである。と同時に吉野家初心者の僕には「ごちそうさま」と言うのはちょっと恥ずかしいのである。

「すいません」=負けという変な意識

ただもちろん、「すいませんっ!」からでも、会計には持ち込める。しかし、吉野家でそれをすることはすなわち負けを意味するのではないか。そんな考えが脳裏をよぎる。でも、「ごちそうさまっ!」は正直なんか恥ずかしい。

「すいませんコール ⇒ 会計」は負け。

「ごちそうさまコール ⇒ 会計」は初心者には恥ずかしい。

新手の会計方法発見

と、そこで僕は「ごちそうさま」も「すいません」も言わずに会計を済ます猛者を目にした。つまり彼の戦法はこうだ。

黙って席を立つ。⇒上着を羽織る⇒店員気づく⇒会計になだれこむ⇒やっほ〜♪

これだ!僕はこの戦法を真似て吉野家を脱出しようとした。付け焼刃なのはわかっている。でも、とりあえず、ここは一旦引いて体勢を立て直さなければ。四の五の言ってられない。

いざ、鎌倉!

僕は意を決して立ち上がった。


まだ見ぬ会計へ夢と希望に胸を膨らませ、このもって生まれた脚力を存分に発揮して、おのれを肉体を重力から反発するように支え上げ、威風堂々立ち上がった。


さあ、いつでも来い。会計だ!



・・・。


店員が気づかない。忙しいようだ。こっちを見てくれない。どういうことだ。スタンダップ戦法はもう通用しなくなったというのか。そこまで吉野家の流れは速いのか。

いや、違う。上着だ!上着を着るという大胆なアクションにより、店員に「ここに会計待ちの客がいるよ」アピールをせねば!しかし、そもそも上着着たまんまだし!ああ!どういうことだ!やばい!これは立ちすぎだ。みんな座って食っている中、1人だけ調子に乗って立ち上がってもう5秒は経過している。このままだと他の客にマークされてしまうではないか。目立ちすぎだ。一刻も早く会計を!どうすればいいんだ!

「すいません」とは言えない。言ったら負けだ!負けたくない!僕がお金を払ってでも味わいたかったのは牛丼のあの味であって、敗北感なんかじゃないんだ。ああ、でも立ちすぎだ!気づけ!早く!おーーーーーーい!!!ああ、なんだよ!スタンダップ戦法全然使えねえよ!くそう!もうダメだ!正直立ちすぎで変な目で見られてる。



ええい!ままよ!言っちゃえ!



僕は負けた。



「す、すいませんっっっ!!!」




さらにその時、テンパっていた僕の口の中で咀嚼された一粒のご飯粒が、この極限状況において素晴らしいほどに綺麗な放物線を描き対角線上の客の豚丼に吸い込まれていった。







「すすす、すいませんっっっ!!!」



僕は2度負けた。